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緩和された財産目録

自筆証書遺言の書式

約40年ぶりに相続法の一部が見直され、自筆証書遺言を書く負担が軽減されました。
今回、財産目録についてパソコン等で作成することが出来るようになったメリットを生かせられるような自筆証書遺言の書式を考えてみたいと思います。

民法968条からの要件

まず、民法968条の条文から自筆証書遺言に記載する要件を確認します。

  • 全文

    →以下「遺言書を書く時の注意点」の項を参照

  • 日付

    →「吉日遺言」などは無効で、特定の年月日を明示が必要
    複数の遺言書が発見された場合、遺言書の先後により効力を判別するため

  • 氏名・押印

    →「遺言者の同一性及び真意の確保」と「文書の完成を担保」するため、遺言作成者の署名・押印が必要
    花押は押印と同視することはできず、押印としての要件を満たさないため

遺言書を書く時の注意点

次に、遺言書に書く際の注意点ですが、曖昧な表現を使わず具体的に書き、以下のように特定させることが大切です。

  • 遺言者

    →誰の遺言書であるか、特定させる

  • 相続人

    →誰に相続・遺贈させるか、特定させる

  • 不動産

    →登記簿謄本通りに正確に、不動産が特定できるよう記載する

  • 預貯金

    →金融機関名、支店名、預貯金の種類や口座番号まで、金融資産が特定できるように記載する

  • 遺留分

    →相続人の遺留分についてもよく配慮する

  • 遺言執行者

    →遺言による遺産分割をスムーズに進める為にできれば遺言書で遺言執行者を指定しておく

全文を書く時の注意点

hanko_natsuin_man

今回の相続法の改正で、パーソナル法務事務所がおススメする書式は、財産目録の一覧を種目ごとに分け、その中をさらに相続・遺贈させたい人ごとに相続財産を列記する方法です。
そして分けられた相続財産ごとにラベル(見出し)をつけて、遺言書を書くという方法です。

このラベル(見出し)も工夫して、相続人A、Bに対して、不動産と金融資産をそれぞれ相続させるといった遺言書を書く場合、例えば「不-A」「不-B」「金-A」「金-B」といった「財産目録の種別」、「相続人」若しくは「相続人のイニシャル」等で区別が分かるようなラベル名をつけて、パソコンで財産目録を記載します。

財産目録の一覧をラベルごとに分けてパソコンで作成することで、手書きの本文を簡素に書くことが可能となります。
これにより将来、相続させたい財産目録を書き換えたい場合、財産目録の一覧をパソコンで修正するだけで可能となります。
手書き部分を修正する必要はありません。

遺言書のサンプル

手書きの本旨部分

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パソコンで書いた財産目録

holographic-will-1902
holographic-will-1903

上記の遺言書のサンプルでは、手書きの部分の本旨から、遺言者Xから相続人Y、相続人A、相続人Bへ相続財産が以下のように遺言されています。

  • 相続人Y

    →不-Y、金ーY

  • 相続人A

    →不-A、金-A

  • 相続人B

    →不-B、金-B

それを、財産目録の一覧の中身をパソコンで書き換えるだけで、誰にどの財産を相続させるかを簡単に修正することが出来ます。

法務省のサンプル

法務省が定めるガイドラインからすると、通帳のコピーと言った画像データでもよいのであれば、不動産の登記簿謄本(登記事項証明書)を画像データとしてスキャナーで読み込み、差し込み画像としてファイル化すると、不動産の登記事項の書き写し漏れもなくなります。

holographic-will-1900

自筆証書遺言の方式の緩和

自筆証書遺言(民法968条)

  • 1.自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。
  • 2.前項の規定にかかわらず、自筆証書にこれと一体のものとして相続財産(第997条第一項に規定する場合における同項に規定する権利を含む。)の全部又は一部の目録を添付する場合には、その目録については、自書することを要しない。この場合において、遺言者は、その目録の毎葉(自書によらない記載がその両面にある場合にあっては、その両面)に署名し、印を押さなければならない
  • 3.自筆証書(前項の目録を含む。)中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。

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改正前は、自筆証書遺言の方式で遺言書を書くと、遺言書の全文を自書する必要があり、財産目録も全文自書しなければならなく、遺言者の負担が大きいものでした。

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改正後は、財産目録についてはパソコン等で作成することが出来るようになりました。
パソコンで作成した財産目録の各頁については、署名押印をする必要がありますが、手書きで作成する必要がなくなりなり、大幅な負担の低減となりました。
財産目録以外の個所については、今まで通り手書きとなりますので、ご注意ください!

全文、日付及び氏名を自書

民法968条1項により、遺言者が、全文、日付及び氏名を自書しないといけません。
ただし、改正後民法968条2項により、繰り返しますが財産目録についてはパソコン等で作成することが出来るようになりました。

次に日付についてですが、遺言書には必ず遺言をした日付、特定の年月日を明示する必要があります。

民法1023条(前の遺言と後の遺言の抵触等)

  • 1.前の遺言が後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなす。
  • 2.前項の規定は、遺言が遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合について準用する。

この民法1023条の条文から複数の遺言書が発見された場合、どちらの遺言書が先か後かを判別する必要があり、それによりどちらに効力があるかを判別することになるからです。
そのため、日付を特定する必要があるため、日付が特定できない吉日遺言(昭和41年7月吉日)といった遺言は無効となるため、注意しましょう。
容易に判明できる日付の誤記で無効ではないとされた判例もありますが、原則的には誤記にも注意しましょう!

日付・氏名・自書に関する判例

  • 日付の誤記

    →自筆遺言証書に記載された日付が真実の作成日付と相違しても、その誤記であることおよび真実の作成の日が遺言証書の記載その他から容易に判明する場合には、右日付の誤りは遺言を無効ならしめるものではない。(最判昭52年11月21日家裁)

  • 吉日遺言

    →自筆遺言証書の日付として「昭和41年7月吉日」と記載された証書は、本条一項にいう日付の記載を欠くものとして無効である。(最判昭54年5月31日民集)

  • 氏名

    →本条にいう氏名の自書とは遺言者が何人であるかにつき疑いのない程度の表示があれば足り、必ずしも氏名を併記する必要はない。(大判大4年7月3日民録)

  • カーボン紙

    →遺言の全文、日付および氏名をカーボン紙を用いて複写の方法で記載することも、自署の方法として許されないものではない。(最判平5年10月19日判事)

  • 添え手

    →自筆証書遺言につき他人の添え手による補助を受けた場合、遺言者が他人の支えを借りただけであり、かつ、他人の意思が介入した形跡がない場合に限り、自書の要件を充たすものとして有効である。(最判昭62年10月8日民集)

印を押さなければならない

遺言書に押印が必要な理由については、遺言無効確認請求事件(平成元年年2月16日)の最高裁の判例から確認してみたいと思います。

遺言無効確認請求事件(平成元年年2月16日)

  • 遺言無効確認請求事件

    →自筆証書遺言の方式として自書のほか押印を要するとした趣旨は、遺言の全文等の自書とあいまつて遺言者の同一性及び真意を確保するとともに、重要な文書については作成者が署名した上その名下に押印することによつて文書の作成を完結させるという我が国の慣行ないし法意識に照らして文書の完成を担保することにあると解されるところ、右押印について指印をもつて足りると解したとしても、遺言者が遺言の全文、日附、氏名を自書する自筆証書遺言において遺言者の真意の確保に欠けるとはいえないし、いわゆる実印による押印が要件とされていない文書については、通常、文書作成者の指印があれば印章による押印があるのと同等の意義を認めている我が国の慣行ないし法意識に照らすと、文書の完成を担保する機能においても欠けるところがないばかりでなく、必要以上に遺言の方式を厳格に解するときは、かえつて遺言者の真意の実現を阻害するおそれがあるものというべきだからである。
    もつとも、指印については、通常、押印者の死亡後は対照すべき印影がないために、遺言者本人の指印であるか否かが争われても、これを印影の対照によつて確認することはできないが、もともと自筆証書遺言に使用すべき印章には何らの制限もないのであるから、印章による押印であつても、印影の対照のみによつては遺言者本人の押印であることを確認しえない場合があるのであり、印影の対照以外の方法によつて本人の押印であることを立証しうる場合は少なくないと考えられるから、対照すべき印影のないことは前記解釈の妨げとなるものではない。

この判例から押印を要する趣旨は、「遺言者の同一性及び真意の確保」と「文書の完成を担保」となります。

hanko_natsuin_man

これは例えば、不動産の売買契約において、捺印契約者本人が購入、売却する意思がしっかりとあることを確認するために不動産売買契約書に実印での押印を要求する趣旨と同じで、他者が勝手に遺言書を書いていないか、遺言者者本人が遺言する意思が本当に存在するのかの証明のために必要となります。

条文や判例では、実印での押印までは求められていませんが、状況によっては、本人の意思とは関係なく他人が押印したものとして、遺言の効力が争われることもあります。
その場合でも実印を押しておけば、遺言の効力が問題になったときにでも、遺言書は有効であると判断される可能性が高くなるため、紛争防止の観点からも実印での押印をおすすめします!

印に関する他の判例

  • 英文遺言の押印

    →遺言者の署名が存するが押印を欠く英文の自筆遺言証書につき、遺言者が帰化した人であることなどの事情を考え、有効とした。(最判昭49年12月24日民集)

  • 封印

    →遺言書本文を入れた封筒の封じ目にされた押印をもって、本条一項の押印の要件に欠けることころはない。(最判平6年6月24日家裁)

  • 花押

    →花押(かおう)を書くことは、印章による押印と同視することはできず、本条一項の押印の要件を満たさない。(最判平28年6月3日民集)