相続放棄と医療費

相続放棄しても、病院側から医療費を請求され支払う必要がある場合があります。
まずは相続放棄の効力からみていきます。

相続放棄

相続の放棄の効力(民法939条)

  • 相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。

「初めから相続人とならなかったものとみなされる」ため、相続放棄した相続人の直系卑属には代襲相続権(民法第887条)は発生しません。
また相続放棄の効果には絶対効があるため、その効果を第三者にも対抗できます。

被相続人の債権者からの請求

被相続人に多額の借金がある場合、相続放棄の手続きを家庭裁判所に申述することができます。
被相続人の債権者から返済を請求されても、家庭裁判所から交付を受けた相続放棄申述受理証明書のコピーを債権者に送付すれば、請求されなくなります。

このように相続放棄した場合は、被相続人の借金による弁済を免れることができるのですが、以下のような場合においては支払い義務が生じることがあります。
ここで注意して頂きたいことは、どれも相続の問題になっていないという事です。

同居している配偶者への医療費の請求

被相続人である夫の借金が多額であったため、配偶者である妻が相続放棄をした場合でも、入院していた際の医療費は日常家事債務に該当するため、相続人である妻は連帯債務者として支払い義務が生じます。

日常の家事に関する債務の連帯責任(民法761条)

  • 夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは、他の一方は、これによって生じた債務について、連帯してその責任を負う。ただし、第三者に対し責任を負わない旨を予告した場合は、この限りでない。

日常家事債務の範囲(裁判例)

  • 夫婦の一方が賃貸借契約を締結した借家の家賃
  • 夫婦が暮らす家の水道光熱費・テレビ受信料
  • 生活必需品の購入費
  • 子供の教育・養育費
  • 家族の医療費
  • レジャー費・被服費・化粧品代

被相続人の保証人への医療費の請求

入院が決まると患者に「入院誓約書」というA4用紙1枚の書面が渡され、これに同意した上で、患者本人と保証人に署名・押印を求められます。

入院誓約書

  • 医師と看護師の指示に従い治療に専念します。
  • 入院料や治療費を支払います。
  • 患者の身元は保証人が引き受けます。

この「入院誓約書」に保証人として同意した場合、被相続人が死亡して相続放棄したとしても相続の問題とはならず、保証人として入院費の請求を拒むことはできまません。

入院時の保証人としての法的な意味

  • 身元保証人
  • 連帯保証人
  • 身元引受人

いずれも「入院患者に万が一のことがあったら責任をもって対応する人」という点では同じです。

医師の応招義務

「入院するときは保証人を付けなければならない」という法律はなく、医師は法律で「保証人がいない」という理由のみで、患者の入院を拒むことはできません。

医師法19条

  • 診療に従事する医師は、診察治療の求めがあつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。

この場合の診療を拒否する正当な理由とは?

厚生労働省による通達と解釈

  • 診療報酬が不払いであっても拒否できない。

    最初から支払う意思が無いとみなされる場合は、診療を拒否できる場合があります。

  • 診療時間外でも急患については拒否できない。

    「被告の診療時間外で応急体制になかったこともあり救急病院での受信を被告が勧めたとこと原告も救急車を呼んだ経緯等から,被告には診療を拒否したとは認められない」(東京地方裁判所平成17年11月15日)

  • 標榜する診療科目以外でも応急処置等できる範囲のことはしなければならない。

    標榜する診療科目以外である場合には,応急処置以上の診療を行うべきとは言えませんし,緊急を要しない場合には診療科目以外であることを理由に拒否することは許される場合があります。

  • 疲労や病気を理由とする場合には,診療が不可能といえる程度であることを要し,単なる経度の疲労を理由に拒否できない。

    医師の健康状態が診療によって悪化する場合や,患者に感染する可能性のある病気である場合には拒否することも許される場合があります。